93日目 軍艦島 長崎県長崎市~長崎県佐世保市


早めに快活クラブを出発し、軍艦島クルーズ前に近所の東山手地区を見学することに。

長崎は坂道が多く、対岸から眺めるだけでも夜景が綺麗だった。

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こりゃ展望台上るべきだったかな。世界3大夜景とも言われているしな。誰が言ったかは知らないが。

東山手近くのマンションに挟まれて公園があったので、そこで朝食をとることに。

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野良猫が住み着いているようで、食べ物をねだられるも、適したものは何も無し。すまん。
何も貰えないと分かるとそっぽを向いてどこかに行ってしまった。

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猫達が去った途端、鳩の群れが公園に降りてきた。
賑やかな公園だった。
この公園の周りは通勤する方々がよく通る。
スーツを着て出社する人、ジャージを着て出社する人、私服の人、眺めてみると色々。
出勤中の人達はこちらが眺めている視線に気づいて振り向くが、その先にいるのが朝から公園でカレーを食べている無職だと気づくと途端に視線を逸らす。
街中だと興味を示して話しかけてくれるような人ってなかなかいないもんだな。
田舎だと外で米炊いてたりすると話しかけてくれたりするもんだけれど。

そんな感じで、カレーを食べつつ人間観察とやらに挑戦してみたが、何が面白いのか分からなかった。
趣味、人間観察って学生時代によく耳にしたものだけれど、どういった点を観察しているんですかね。
草花の定点観測くらいガッツリやっている人とかいるのかな。

腹ごしらえを終え、東山手地区へ。

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本当に街中にあるので、アクセスはとても容易。

オランダ坂

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開国後、外人さんがよく通る道だったからオランダ道、オランダ坂と呼ばれていたらしい。
単純。日本の道百選。

活水女学院

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明治12年、西暦1879年創立したらしい。
歴史があるけれど、検索したら偏差値はあまり高くなかった。
現物を見るとなかなか大きく、年季が入っていて見入る。

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木造の洋風住宅群。7棟が隣接して建てられている。

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どれも同じ間取り、外観をしてることから社宅か賃貸物件だったのではないか、との話。
明治20年後半に建築されたが、昭和58年から改築が施されているらしい。
とても狭い地区、通路内に密集しているので、滅茶苦茶写真が撮りづらい。

こんな街並みを散歩をしているうちに集合時間が近づいてくる。
建築物だけでなく、年季の入った石畳、石垣が歴史を感じさせる良い雰囲気。
やっぱり早い段階で海外の文化に触れていただけあって、年代は同じ明治期でもこれまで回ってきた街並みと雰囲気が違う。
面白い。

さて、軍艦島クルーズ受け付けへ。

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事務所はこじんまり。
受付時に確認すると、問題なく出航、上陸できるとの話。
軍艦島(端島)は転校次第で上陸できないことが多いとの話だったので、安心。
向かい側に有料の駐輪場があったのでそちらに駐輪し、乗船時間を待つ。

船はこちら。

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派手だ。名前はブラックダイヤモンド。登山用品メーカーと同名。

時間になり乗船、出航。

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少々寒いが、展望の良い2階席を陣取る。

出航すると、まずは長崎港のガイドが始まる。
軍艦島のみだと思っていたので嬉しい誤算。

三菱造船所のハンマーヘッドクレーン。

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日本初の電動クレーンで、1909年から現在までずっと現役稼働。
現在も問題なく、昔と変わらず150トンまで持ち上げられるらしい。
有形文化財、世界遺産に推薦されている長崎、山口の近代化遺産の目玉らしい。

ちょうど造船所にイージス艦がメンテナンスで係留していた。

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カッコいい。

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あの2つの出っ張り、元々島だったらしいが沈んでしまったらしい。

その後もガイドでマリア像やら景観についての説明を受けながら、進んでいく。

30分程して、軍艦島が見えてくる。

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確かに軍艦に見える。
そして、廃墟。

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上陸し、まずは3ヶ所にてガイドさんからの説明を受ける。
ガイドさん曰く、今日のツアー参加者は運が良いという。
何故かと言えば、参加人数、1年でトップ3に入る少なさらしい。
通常だと毎回100人近く、休日ならさらに倍近い参加者がいるらしいが、今日は20名程。
そして天候。
軍艦島はとても波風が荒いはずが、快晴で無風。珍しいらしい。
今年の夏に至っては、台風や悪天候で施設が壊れたりと1度も上陸が出来なかったらしい。
年間で100日程度しか上陸できないとの話なので、本当に運が良かった。

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奥に見えるのが白い建造物が学校。幼稚園、小、中学校が一纏めにされている。

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建物の裏側には校庭が広がっているが、入場できる場所からは確認できず。

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中央に見える骨組みが変電所跡。
右側に見える空中に浮いた階段の先に炭鉱へのリフトがあり、そこから700m下の炭鉱へ降りたらしい。
そしてそのリフトから、炭で真っ黒になって階段を降りて家路に着いた。
というわけで階段はその炭で真っ黒になったまま。

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廃墟と化してもこの階段だけは変わらないと、当時の住民が島に訪れると口を揃えて言うらしい。
毎日毎日事故で死ぬかもしれないと思いながらあの階段を通り、炭鉱で文字通り命懸けで働いた執念が染み付いているのか、崩れない。不思議。

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中央の建造物が30号棟。
日本最古の鉄筋コンクリートでの建築物。
7階建てで、140部屋。
真ん中に吹き抜けがあり、その吹き抜けを囲って口の字に部屋が並んでいるため、見た目よりも部屋数が多い。

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この裏側には映画館やパチンコ屋、スナックなどの歓楽街や住居施設が並んでいる。
鉄筋コンクリートのマンションが立ち並び、1960年には人口5267人。
人口密度は東京特別区(23区)の9倍以上で世界一。
常にディズニーランド状態。

プール跡。

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島に人が住み始めた当初、水道管が島まで来ていなかったため水不足に悩まされていた。
その後、本土から水道管を延長し水不足は解消されたが、過去のトラウマか最後までプールには海水を使用していたらしい。
真水を捨てるように使用するっていうのに抵抗があったんでしょうか。
そして釣り人がいるのに驚いた。

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灯台があるが、これは無人島になってから設置されたらしい。
当時は3交代制で24時間働いていたため、灯りが途絶えることはなかったと。

その隣、島の一番上の建物が三菱の重役さんのお宅。

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炭鉱の労働者宅と違って風呂付きの広い部屋。

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灯台の横には雨水を貯蔵するタンクが。
配管も錆びながら残っていた。

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本土から水と電気を引っ張ってきた跡らしい。
と、見学通路から目視できるのはこの程度。
後はGoogleストリートビューで。

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軍艦島も世界遺産に推薦されているためか、見学道が整備されていたりと段々と手が入っている。
が、波風が激しいこともあり、保存するのは無理だろうとのガイドさんの見解。
今年に入ってからの台風だけでも裏側の堤防が壊れ、島に上陸する際の船着き場近くの岩が崩れたりと、どんどん壊れていっているらしい。
廃墟に手を加えて保存っていうのもおかしな話。今後どうするんだろう。

20分程度の上陸ツアーも終了。

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船着き場付近に地下通路への入り口が残っていた。
現在通行している場所は、当時は採掘した石炭や、そのカスを置いていた場所。
なので当時はこの地下通路を通って先ほどの30号棟などがある居住空間まで歩いたらしい。
ちなみに現在でも通路は生きており、通行はできるらしい。

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さようなら軍艦島。
出発前から来てみたかった場所だったので、感慨深かった。
よく目を凝らしてみると、人が生活していたという形跡はあるものの、現在は波と風の音しかしない。
不思議な空間でした。
今後、島がどうなっていくのかは分からないが、また訪れてみたい。

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隣の高島に上陸し、模型を用いた軍艦島の説明と資料館を見学。
炭鉱での死亡事故の多さに驚く。
本当に命懸けだったんですな。調べてみると仕事を苦にした自殺や、泳いで島を脱出しようとする島抜けなる行為もあったらしい。
その分家賃光熱費など、生活費は全て会社持ちだったらしいが割にあっていたのかどうか。
その他、波が高く打ち付ける側を居住区にして、石炭、炭鉱を守っている島の構造自体疑問が残る。
三菱のイメージが少し悪くなった。

長崎市街に戻る。

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近くのデパートに文明堂本店があったのでカステラを食す。

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美味しいが一般的なカステラとあまり変わらない気もする。

今度は南山手地区へ足を伸ばす。
朝に訪れた東山手の近所。
当時の洋館が保存されているグラバー園や、元治元年(1864年)建設の国宝、大浦天主堂があるので楽しみにしていた。
クルーズの港より10分程で到着。

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めっちゃ観光地。
修学旅行生がたくさん。

名物という豚角煮まんを食べる。

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予想以上に合う。長崎とどう関係あるのかは分からなかったが旨い。なんだか悔しい。

大浦天主堂

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脳内にクロノトリガーのあのBGMが流れる。
入場料300円を支払い館内に入ったが、撮影は禁止でございました。
ステンドグラスが美しい。
若干歪みがあるのか、それはそれで光が屈折して味がある。
通っていた大学の教会を思い出した。

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やっぱり古いので、家具一つ一つとっても味がある。

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禁教令。

グラバー園に入場。

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入場料が高いが、洋館のクオリティに大満足。

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旧スチイル記念学校

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旧長崎高商表門衛所

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旧リンガー住宅

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旧三菱第二ドッグハウス
船の修理のためにドッグに停泊した際、船員の休憩所だったらしい。

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旧グラバー住宅
日本最古の木造洋風住宅。
先ほどの住宅にも通じるんですが、当時の洋館は瓦屋根だったんですね。

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グラバーさん、キリンビールの全身会社を設立。
キリンビールの麒麟のデザインは、この狛犬とグラバーさんの髭を掛け合わせたという説もあるらしい。

その後、佐世保へ向かう最中、平和公園に立ち寄る。

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厳粛な空気。
参拝に来ている老人の方々。修学旅行生。

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現在は整備されているが、一部当時の地層が残されていた。

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原爆で吹き飛んだ鉄筋コンクリート造の建物。
数千度の爆風で土台の根本しか残らなかったらしい。
恐ろしい威力。
建物ですらこんなことになるんだから、人間なんて一溜まりも無い。
酷いもんだ。
爆心地まで行ったら修学旅行生がピースしながら記念撮影している様子に驚く。
酷いもんだ。

見学後、佐世保かさらにその先まで進もうと思っていたが、天候が悪化。
夜道で強い雨に襲われ戦意喪失。
事故を起こしかねない状況にまでなってきたのでコンビニで雨宿りをしつつ情報収集をすると、丁度近所に佐世保ライダーハウスさんがあるという。
夕方5時を回っていた上に当日の連絡だったが、快く迎えていただく。

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雨の中バイクを走らせ、なんとか到着。
体は冷えきっている。

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キャンピングカーを改造した物を部屋として安く提供して下さっていた。
こんな季節外れの時期なので、当然貸し切り。
店主さんは民宿も経営されていて、そちらの施設も使用して良いとのことだったので、本当に助かった。
早速風呂、水道、マンガなどを拝借。
久々に布団で寝れる幸せを噛み締めて就寝。

本日の移動距離 120.8km

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